コラム

幸せの最終形態は自己超越?マズローの欲求段階説から見えてきた僕の幸せの形

人生の目的は幸せでになることではないでしょうか。

僕は、20代からどう生きれば、幸せを感じられるか、常に考えてきました。

今つらくて大変でも、この先の幸せのために頑張ろう!!そう思えることだけ頑張ってきましたし、自分の幸せにつながらないであろう物事からは、早めに逃げてきました。

「逃げるは恥だが役に立つ」とは、本当にいい言葉で、あなたの幸せにつながらない習慣や行動は、あなたの人生の貴重な時間を浪費するだけです。

何でもかんでも、嫌に感じたら逃げろとは言いませんが、「現在、毎日何も考えず行っていることほ、本当に自分の幸せにつながるのだろうか。」を定期的に考えることで、人生の貴重な時間を浪費せずに、楽しく充実した人生になるかなと個人的には思っています。

では、幸せにとは具体的にはどんな状態でしょうか。実際、「幸せだな」と感じる状態は、人によって千差万別ですね。

ある人は、バリバリ仕事をして、残業して、お客さんに喜ばれたときに「幸せ」を感じるでしょう。ある人は、家事や子育てをして家族を支えていることに「幸せ」を感じるかもしれないです。

千差万別な「幸せ」の形ですが、あなたが幸せになるためのヒントを教えてくれるのが、マズローの欲求階層説という考えです。

今回は、そのマズローの欲求段階説を基に、自身の幸せを見つめ直すために記事にしました(すいません、自己満足記事ですが、興味ある方は続きも読んで頂ければ幸いです。

誰もが共通して持つ欲求を6段階に分け、各段階の欲求を満たすことで、人間はどんどん幸せな状態になっていくというのが、マズローの欲求段階説です。

そして、幸せの最終形態として、「自己超越」というものがあり、我々が「幸せ」になるためには、この「自己超越」を目指していく必要があります。

一体全体、「自己超越」とはどんなものなのか、そして、「自己超越」という欲求を満たすことで、本当に我々は幸せになれるのか、深掘りしていきたいと思います!

RunRun

どーも。RunRunです。僕は、「幸せ」について考えるのが好きです。というのも、人生の目的は、幸せになることだと考えているからです。

幸せの形は人それぞれで、「こういう風に生きれば、絶対誰でも幸せになれる!」という方法はないければ、幸せになるためのヒントは、今まで生きてきた頭のいい人々が教えてくれます。

今回は、僕が幸せについて考えるうえで、大きなヒントを与えてくれた「マズローの欲求段階説」について記事にしました。僕自身が自分の幸せについて見つめ直し機会になればと思い、作成していますが、皆様にも何かしら参考になれば幸いです。

幸せの最終形態「自己超越」について、僕はとても納得でき、腑に落ちた部分が大きかったです。この「自己超越」について、記事では深掘りし、皆様が自分の幸せについて考えるきっかけになればいいなと、勝手に思っています。

マズローの欲求段階説とは?

マズローの欲求段階説とは、アメリカ合衆国の心理学者、アブラハム・マズローが提唱したもので、人間の欲求は5段階に分かれるというものです。

「あれ、さっき6段階に分かれているって書いてなかったっけ?」

そう疑問に感じた、あなたは鋭いですね。実は、マズローの欲求段階説として有名なのが、「欲求5段階説」です。マズローはこの「欲求5段階説」を提唱した後に、さらに高次な欲求があることを発表しました。

この6段階目の欲求が、僕が考える「幸せの最終形態」であり、「自己超越」です。

しかし、自己超越という欲求を満たすためには、まず5段階の欲求を十分に満たす必要があります。「腹が減っては戦ができぬ」のように、欲求を満たすにも適切な順序があるということです。適切な順序で欲求を満たしてこそ、幸せな状態に近づくというわけです。

早速、1段階から5段階までの欲求について見ていきましょう!!

第1階層:生理的欲求

人間、生きていなければ何事も始まりません。逆に言えば、生きてさえいれば、無限の可能性が広がっています。「生理的欲求」は人間の本能的欲求で、食事、睡眠、排泄など、生命維持に欠かせない欲求の事です。

生理的欲求が満たされなければ、それ以外の欲求が満たされたとしても「幸せな状態」とは程遠いことはイメージしやすいのではないでしょうか。

例えば、仕事で成功体験を得られたとしても、睡眠時間が全然取れなかったり、好きな人と結婚できても明日食事がとれるか分からない状況が続いたり。

現代日本で暮らしている限り、上記のようなシチュエーションは、現実的に起こりにくいことですが、まずは生理的欲求が満たすことが「幸せな状態」に向けた第一歩という事を心に刻み、日々暮らしていくことが大切ですね。

食事や睡眠は、どんな状況であろうとも決して疎かにしないことが、幸せにつながると僕は考えます。

第2階層:安全の欲求

安全の欲求は、安心、安全な暮らしを送りたいという欲求で、第1階層と似たように生命を維持することに焦点が当てられている欲求ですね。

明日暮らしていけるお金があるか分からない状態や、いつ知らない人に襲われ、殺されるか分からない状況では、そのほかの欲求が満たされたとしても、全然幸せではないですよね。

安全な住まいがあり、そこそこの収入があり、とりあえず人に襲われたり、食事ができなかったりといった状況を回避できる状態になって初めて、「幸せになるために、次の階層の欲求を満たそう!」という感情が湧くという事です。

生理的欲求、安全の欲求は、生きていくためには欠かせない欲求で、現代日本に生まれた人はほとんど、生まれながらにして満たされていることがほとんどなので、日常で自分の欲求として意識することは少ないのではないかと思います。

とはいえ、この2つの欲求を満たさない限り、究極の幸せ「自己超越」を実現できないので、決してないがしろにしてはいけない欲求です。

第3階層:社会的欲求

社会的欲求は、簡単に言えば、「人とつながりたいと思う欲求」です。集団に属していて、仲間として認められたい、家族に愛されたいといった欲求ですね。

この欲求が満たされないと、孤独感を感じ、社会から隔絶されているという感情が芽生えてきます。たとえ好きな仕事をしていたとしても、日々の感情を共有する人がいなかったり、仲間として認識してもらえていなかったりしたら、寂しい気持ちになって、生きていくのが辛くなるという事はイメージしやすいのではないでしょうか。

僕もコロナ禍でリモートワークになった際、人と全くしゃべらない日々が2週間くらい続き、一人好きな性格でもさすがに「人としゃべりたい!!誰かとつながりたい!!」という欲求が芽生えました。

このように、人間誰もが「人とつながりたい」という欲求を持っています。一人好きだと公言してる人でも、一生一人で話し相手もいない状態では、辛くなりますし、孤独は体にとって毒だという事も近年証明されています。

「孤独でバリバリ仕事をしてこそ、俺の人生だ」という考えもありますが、第3階層の欲求「社会的欲求」をないがしろにしてしまうと真の幸せにはたどり着けない可能性が高いでしょう。

ぜひ、現在の自分は、社会的欲求が満たされている状態か一度立ち止まって考えてみるのが良いかと思います。

第4階層:承認欲求

自分が周りの人から「価値がある」「能力が高い」「素敵な人」など評価されたいと思う欲求です。同僚から仕事ができる人間と思われたかったり、上司から優秀な人材と思われたいなど、仕事面において、承認欲求は姿を現すことが多いですね。

その他、近年では、SNSでの「いいね」の数やYouTubeでの登録者数なども承認欲求と言えるでしょう。

上記のように他人から称賛されることで満たさせる承認欲求は、低位の承認欲求と言われています。この低位の承認欲求に対し、高位の承認欲求は、他人の評価ではなく、自分の評価に軸が置かれます。

すなわち、自分がやった仕事のクオリティについて、他者の評価などどうでもよく、自分がそのクオリティに納得いくかどうかが重要であるのです。

例えば、プロの歌手は、素人が聞いている分には「上手い」という感想しかありませんが、歌っている張本人は、些細なミスに落ち込んだり、不満に感じるということです。この場合、他者から評価されているので、低位の承認欲求は満たされていますが、自分は納得いかないと感じているので、高位の承認欲求は満たされていないというわけです。

仕事でもそれ以外でも、技術が磨かれてどんどん自分が成長していくと、もはや周りからの称賛などどうでもよくなり、自分が納得いく出来かどうかだけが重要になってきます。

この段階まで到達でき、自分で自分の能力を承認できるような、高位の承認欲求を満たしている人は、幸せの上級者と考えてもいいのではないかと僕は思っています。

第5階層:自己実現の欲求

第1階層から第4階層までの欲求が満たされて初めて姿を見せるのが、自己実現の欲求です。この欲求は、自分でなければできない事、自分だからこそ達成できること追い求めたい、自分の能力を最大限に発揮したいと思う欲求です。

今やっていることは、他の誰でもなく自分だからこそできることなのだと思えれば、自己実現の欲求は満たされ、超幸せ者になれるというわけです。

この段階の欲求を達成できる人は、少数であり、なかなか達成するのが難しいのが現実でしょう。とはいえ、5段階の欲求を一つ一つ登りつめていけば、いつかはたどり着けると僕は信じています。

かく言う僕は、まだまだ第4階層あたりをうろちょろしている感じはあり、自己実現の欲求を満たすためにはこれから行動していかなければいけないという状況です。

自己実現の欲求を満たす第一歩として、これまでの僕の人生を振り返ることを行っています。今まで人生において重要な選択に迫られる場面がいくつかありましたが、その時にどういう判断をして、その選択肢を選んだのか思い返しながら、自分の価値観を再確認しています。

これまでの歩んできた経験があったからこそできることの中で、自分の価値観とマッチし、なおかつ社会的ニーズも満たせるような仕事に出会えたら、幸せだろうなと漠然と考えています。

そういう仕事や夢中になれることを見つけられるためにも、ブログを始めたり、転職活動をしてみたり、今までやってこなかったことに挑戦している日々です。

幸せの最終形態「自己超越」とは何か?

ここまで、マズローの欲求5段階説を解説してきました。マズローはこの5段階の欲求階層の上に、自己超越の欲求という第6の階層を提唱しています。

自己超越の欲求とは、文字通り「自己を超越した」、すなわち、他者の幸せのために何かを成し遂げたいと思える欲求です。アドラー心理学でいう他者貢献と似ていると僕は考えています。

すなわち、自分にしかできない事、自分の能力を最大限に発揮することで何かを成し遂げるのが、「自己実現」ならば、その成し遂げた何かで多くの人々が幸せになれれば、「自己超越」だと考えています。

誰かの幸せのために、自分の能力を発揮できる、いわゆる「至高の領域」まで到達すれば、自己実現欲求も自己超越欲求も達成し、幸せの最終形態を手にいられるというわけですね。

どのような方法で誰を幸せにしたいと思うか?

ここまで、マズローの欲求段階説を、僕なりの考えを交えて解説してきました。

僕は、大学院の博士課程で研究をやっていた26-27歳頃、研究室の教授との関係性で悩み、人生のどん底をさまよっていました。そんなとき、絶えず考えていたのは、「なぜ、僕はこんなつらい思いをして研究をしなければならないのか。」という事でした。

本当にこの研究を続けて僕は幸せになれるのか。人生の目的は幸せになることであって、研究で成果を上げることでも、博士号をとることでも、研究職としていい会社に採用されることでもない。

そう考えながらも、これまでの人生を振り返ってみると、「研究は価値あるもの、サイエンスは人間を幸せにできるすばらしい手段である」という考えが僕の中心にいつもありました。

こんなつらい研究を続けるのも、人を幸せにするという大きな目標があり、誰かの笑顔が見られれば、この経験も全て報われ、幸福感で満たされるのだろう、そう思い、大学院でも会社に入ってからも研究を続けることができました。

こういう経験から、僕は今でも「サイエンスで人々を幸せにする」をテーマに研究活動を続けています。研究をする上で、常に今行っていることはどこの誰のどんな課題を解決できるのかを考えています。

笑顔になる人が誰か考えることで、僕は毎日研究を続けることができています。まだ、誰かを幸せにできた研究成果を出したわけではないですが、「サイエンスで人々を幸せにする」が、僕の研究活動は道しるべになっています。

ここまで読んで頂いたあなたにも得意な事、これまで続けてきたことがきっとあると思います。それはきっと、あなたが価値あることだと思っていたから続けてきて、得意になったのではないでしょうか。

そして、あなたのそのすばらしい能力を使って、誰かを笑顔にしてみてはいかがでしょうか。その行動は、マズローが提唱した「自己実現」や「自己超越」の欲求を満たし、あなた自身を幸せの最終形態に導いてくれるかもしれないですよ!

さあ、自己超越欲求を満たすためにも、誰かを幸せにすることを目標にこれからの人生を歩んでみてはいかがでしょうか。

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